【1000字ショート】愛は穏やかに、そこにあって【目安3分】

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『愛は穏やかに、そこにあって』本文はここから

「朝ごはんできたよ」

「はーい、ありがとう」

すっかり聞き慣れたテノール。

私は空になった洗濯カゴを片手に、冷房のきいたリビングへと戻っていく。

「今日の最高気温、35度だって」

「私が子どもの頃、こんな暑い日なかった気がするんだけど」

「プールの水温低くて授業中止とかあったよな」

「あー、あったあった」

サイドボードに置かれた指輪を身につけながら、夫はいつもの席に座る。続いて腰かけた私の席は、夫の真正面。

私は少しだけ視線を外し、テレビに目をやった。

お天気お姉さんは今日もニコニコしながら、ここ最近恒例になった熱中症対策について語っている。

「んじゃ食べようか、いただきます」

「いただきまーす」

夫のかけ声に続いて食事のあいさつをすると、私はバターナイフを手に取った。

それを握る手には、バターナイフと同じ色の指輪。

少しだけ傷が目立つようになってきたな、とぼんやり思う。

こんがりとキツネ色に焼けたトーストにバターを塗っていると、夫が少しだけ照れながら言った。

「今度の休み、池袋の水族館でも行こうか」

「え、めっちゃ久しぶりじゃない? どうしたの急に」

池袋の水族館。私たち夫婦が、初デートで訪れた場所だ。

ふたりで出かけることじたい初めてのことで、すごく緊張していたのを覚えている。

「部屋を掃除してたら、大学時代の写真が出てきてさ。付き合い始めた頃のことを思い出しちゃって」

そう言って笑う夫は、素直に可愛いなと思う。

あの頃は隣を歩くだけで、少し手が触れただけで、心臓が大きく跳ねてたまらなかった。

そんな甘酸っぱい感情もいつしかなくなり、彼といると安心するようになったのは、いつからだっただろうか。

「いいね、行こう」

「ついでに池袋散策でもする? 行きたいカフェがあるって言ってなかったっけ」

「あ、そこも行きたい!」

私がポツリと話したことを、覚えてくれている夫。

きっと彼はアイスコーヒーと、モンブランを頼むんだろうな。

そんなことを考えながら、私はヨーグルトの器を手に取る。

上にはフルーツシリアルがかかっていて、よく見ると夫のものよりも苺が多い。

「そういえば昨日の夜、洗面台の掃除しといたよ」

「ありがとう、綺麗になってるからそうかなと思ってた」

「私の髪の毛がいっぱい絡まってて……。そりゃ流れも悪くなるよね」

「長いんだからしょうがないよ」

結婚してから今まで、何度こんな会話をしただろう。

朝起きて、一緒に朝食をとり、お互い仕事をして帰ってきて、一緒に夕食をとり、同じベッドで眠る。

これから何百回、何千回と繰り返される平穏。

その隣にはいつだって、あなたがいてほしい。心からそう思う。

あの頃のドキドキを恋と呼ぶならば、夫となったあなたに抱く穏やかな気持ちは、愛と呼ぶのかもしれない。

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