【DQ3】月暈の道導【9/13TMサンプル】

◆キャラクター紹介◆

アルス(勇者♂)…16歳の勇者。ちょっぴりわがままだが、時に負けず嫌い。年上の仲間たちに気を遣いながらも、勇者としての責任をしっかり果たすべく奮闘中。歳が近いため、チャイと仲が良い。チャイが唯一タメぐちで接する相手。

グロリア(戦士♀)…30代半ばの戦士。サバサバしていてぬけめがない。パーティ最年長のため、なにかと頼られることも多いが、本人はそれがうれしい様子。酒がそこそこ強いので、ルイーダ時代からシューイとは飲み友達だった。

シューイ(まもの使い♂)…30代前半のまもの使い。ひょうきんなロマンチスト。パーティのムードメーカーだがスケベ野郎。よくぱふぱふ屋に行くため、チャイとグロリアに睨まれている。だが実際は気遣いの鬼ともいえる性格で、ひょうきんな部分は仮面に近い。あまり自分の出自を話したがらない。チャイとの年齢差を密かに気にしている。

チャイ(賢者♀)…20代前半の賢者(元僧侶)。清楚でふつうの性格。特にこれといった特徴がなく、普通であることを密かに悩んでいる。その中で唯一得意なのが、回復をはじめとした呪文。自分の中で考え込んでしまう癖があり、そんなとき仲間たちはそっとしておいてくれる。シューイとの年齢差を密かに気にしている。

 ◆キャラクター紹介◆

アルス(勇者♂)…16歳の勇者。ちょっぴりわがままだが、時に負けず嫌い。年上の仲間たちに気を遣いながらも、勇者としての責任をしっかり果たすべく奮闘中。歳が近いため、チャイと仲が良い。チャイが唯一タメぐちで接する相手。

グロリア(戦士♀)…30代半ばの戦士。サバサバしていてぬけめがない。パーティ最年長のため、なにかと頼られることも多いが、本人はそれがうれしい様子。酒がそこそこ強いので、ルイーダ時代からシューイとは飲み友達だった。

シューイ(まもの使い♂)…30代前半のまもの使い。ひょうきんなロマンチスト。パーティのムードメーカーだがスケベ野郎。よくぱふぱふ屋に行くため、チャイとグロリアに睨まれている。だが実際は気遣いの鬼ともいえる性格で、ひょうきんな部分は仮面に近い。あまり自分の出自を話したがらない。チャイとの年齢差を密かに気にしている。

チャイ(賢者♀)…20代前半の賢者(元僧侶)。清楚でふつうの性格。特にこれといった特徴がなく、普通であることを密かに悩んでいる。その中で唯一得意なのが、回復をはじめとした呪文。自分の中で考え込んでしまう癖があり、そんなとき仲間たちはそっとしておいてくれる。シューイとの年齢差を密かに気にしている。

 

 

「単刀直入に言うけどね。いい加減、チャイとのことをなんとかしてちょうだい」
蒸留酒で唇を湿らせたグロリアは、溜め息混じりにそう言った。
「……なんとかって」
「あんたもあの子も、私たちに気を遣ってくれてるのはわかるのよ。でも逆にね、今の方がよっぽどやりづらいわけ。それなら早いところ付き合ってくれた方がいいわ」
鋭い指摘に、シューイは言葉を詰まらせる。件くだんの聖女とは、お互い口にはしないものの想い合っている自覚があるだけに。
ここはポルトガにある小さな酒場。彼らは黄宝珠イエローオーブの手掛かりを探し求め、この港町に滞在していた。
グロリアとシューイのふたりは、先程まで繁華街の大衆酒場で情報収集をしていたところである。漁業が盛んなこの国ではそれなりに収穫があるものと思われたが、今日の結果は散々といった具合だ。あと数日はここに留まったほうが良いかもしれないと、彼らはそう判断する。
平素であれば宿屋に戻り身体を休める時間だったものの、飲み直さないか、と女戦士から珍しい誘いがあった。静かなところでという条件付きだったため、何か話があるのかな、と察したシューイは大人しく彼女に着いていったわけだが。
酒が届くなり、開口一番に投げかけられたのが先の言葉である。
「それは……まぁ、悪かったけどさ。今は大事な旅の最中なんだし、仲間が別のことに現を抜かしてたら、アルスくんの邪魔になっちゃうじゃん」
「あの子も相当、あんたたちに気を遣ってるわよ。私に相談しに来るくらいには」
グロリア曰く、あのふたりはいつになったら付き合うんだ、と愚痴を言っていたらしい。
「……らしくないわよ。普段あれだけ私たちのことを気にかけてるあんたが、気づかないわけないじゃない。それっぽい理由をつけて、チャイを遠ざけてるようにしか見えないわ」
やはり、彼女には見抜かれていた。青年が白蓮の君に懸想していることも。軽薄な表情を貼り付けた顔、それが仮面であることも。
「何を悩んでるのかは知らないし、無理に聞くつもりもない。でも、中途半端な態度でチャイを傷つけないで」
純白の乙女を汚したくないという一心から、ふとした瞬間に向けられる彼女の想いを、未だ受け取ることができないでいる。傷つけるつもりなど微塵もなかったが、もう手遅れなのかもしれなかった。
彼女にこれ以上近づくべきではないとわかっているのに、心の奥底に渦巻く眷恋けんれんの情を抑え込むことすら叶わない。零れ落ちたそれを糾あざない生まれた蔓は、愛し乙女を決して離すまいと、華奢な身体を掻き抱く。
相反した感情によって、蔓の表皮に形作られた細かな棘。それが真珠の柔肌に食い込んでいく様を、間近で見ていたはずなのに。青年は目を逸らし続けた。縺れ合う情念を、解こうともしないまま。
乙女を傷つけているのは、汚しているのは、他でもないシューイ自身だ。
「好きなんでしょう、チャイのこと」
グロリアの問いかけに、青年は何の躊躇いもなく頷く。今この場において、仮面を被り続けることに何の意味もない。
「それなら信じてあげて。あんたが抱えてるもの全部、チャイに真っ直ぐぶつけてあげて。あの子もきっと、それを望んでると思う」
「……うん」
臆病になりすぎていたのかもしれない。彼女に拒まれる恐怖に、素顔を曝け出す恐怖に囚われて。だから壁を作るふりをしながらも、心の奥底では縋るように彼女を求めた。
乙女の身体を締め上げる蔓を、ひとつずつ解いていかなければならない。青年はこの想いとともに、己の全てを彼女に打ち明けることを決意した。
「付き合わせて悪かったわね。宿に戻りましょうか」
杯が空になった頃、ふたりは酒場を後にする。大通りから外れた場所にあるためか、この辺りは少々薄暗い。
「グロリア」
聞き慣れない呼び方に、女戦士は片眉を持ち上げて声の主を見た。彼は極稀に仲間を呼び捨てにすることがあるものの、自身の名を呼ばれたのは初めてである。
「……ありがとう」
真っ直ぐにグロリアを見つめるシューイの瞳。その蜂蜜色に宿る凪のような穏やかさも、敬称なしに仲間たちの名を呼ぶことも。それこそが、仮面の下に隠されていた彼の素顔なのかもしれない。
「どういたしまして」
報告楽しみにしてるわね、というグロリアの言葉に、はにかみながらシューイは微笑んだ。

太陽がほんの少し、西に傾いてきた頃。右手の突き匙で折餅パイ生地を切り分けながら、まもの使いの大男は聖女に問いかけた。
「星降るような夜空、って見たことある?」
独特の食感を出すために何層にも折り重ねられたそれは、軽く突くだけで欠片が零れてしまうほど繊細だ。皿を汚さず食べるのはなかなかに難しいはずだが、彼は器用に欠片を掬い集め、口内に収めていく。
さすがシューイさんだな、と惚れ惚れしながらも、チャイは彼からの問いに応じた。
「うーん……ぱっと想像できないかもしれないです。私の地元もあまり星は見えないですし。野営で見張りをしているときに、星が綺麗だなと思ったことはありますけど」
「あはは、いろんなところで野営したもんねぇ」
旅を始めて一年と少し、ずいぶん野営にも慣れたものだ。泡立てた乳脂クリームをたっぷりと卵糖カステラに乗せ、それを口に運びながら乙女は感慨に耽る。
「どうしてですか?」
「昨日グロリア姐さんと飲んでたんだけどね、そのときに『ここら辺は星が見えない』ってぼやいてたから。レーベの星空が恋しいんだってさ」
ここポルトガの城下町は、常に多くの人で賑わっている。夜になると酒場や飲食店の灯りが辺りに広がり、建物の隙間から見える空、本来そこにあるはずの光を全て吸い取っているかのようだ。昼は喫茶店として営業しているこの店も、夜になると酒を楽しむ場へと姿を変えるという。
「すっごい綺麗な星空が見える、とっておきの場所があるんだ。今夜、一緒に見に行かない?」
「……グロリアさんたちも誘うんですか?」
「ううん、ふたりだけで」
想い人とふたり、満天の星を眺める。なんて甘美で幻想的なのだろうと、チャイは少女のように瞳を輝かせた。
「ふふ、私でよければ」
それでも努めて落ち着いた声で返事をしてしまうのは、彼との埋まらない歳の差を、背伸びしてでも埋めたいという見栄なのかもしれない。それを知ってか知らずか、よかった〜、とシューイは軽やかな笑みを浮かべてみせる。
「どのあたりに行くんですか?」
「オレの実家近くにある丘。お気に入りの場所だから楽しみにしてて!」
彼自ら地元について言及したことに、チャイは驚きを隠せない。アルスはアリアハン、グロリアはレーベ、そして自分はロマリア。それぞれの故郷について語らう機会は多々あったものの、シューイはいつも聞き役に徹していた。旅を始めて二ヶ月も経たない頃に、一度だけアルスが尋ねたのだが。
『ナイショ。あまりにもド田舎すぎて恥ずかしいから』
戯おどけた笑みを浮かべて答えたシューイは、それに、と付け加えた。
『わりと早いうちに都会に出てきちゃったし、そっちで過ごした期間の方が長いんだよね』
聞けば、アリアハンに移る前はあちこち旅をしながら働いていたのだという。シューイはそれ以上語ろうとせず、すぐにまた聞き役に回ったため、チャイたちが知っているのはそこまでだ。もしかしたら何か事情があるのかな、と察した三人が、以降シューイに故郷の話を振らなくなったというのもある。
シューイが生まれ育った地に足を踏み入れる。ただそれだけのことなのに、彼の心に触れられるような、彼にもっと近づけるような気になってしまう。逸る気持ちを抑えながら、乙女は笑顔で頷いた。
茶会という名の逢瀬は、やがて終わりを迎える。財布を取り出すチャイを見て、シューイは申し訳なさそうに問いかけた。
「本当にいいの? ご馳走してもらっちゃって」
「もちろんです。あの日のお礼なんですから」
二月ふたつき前に交わした約束。シューイに喫茶代を出してもらった礼に、今度はチャイが同じことをする。宝珠オーブ探しに身を入れていたため間が空いてしまったものの、ようやくそれを果たすことができるとチャイから誘ったのだ。この日のために無駄遣いをせず、こつこつと小遣いを貯めていた甲斐があった。
「まだアルスくんたちも戻ってきてないだろうし、もうちょっとだけブラブラしようか」
街の人からいい話が聞けるかもしれないしね、と片目を閉じて笑うシューイ。首を横に振る理由は、世界中どこを探しても見当たらないだろう。街並みが鮮やかに彩られていくのを感じながら、チャイは青年との距離を掌ひとつ分だけ縮めて歩き出す。

チャイが浴室を出ると、ちょうどグロリアが外出から戻ってきたところだった。
「ただいま。今日はお風呂、早いのね」
「はい。夜ご飯のあと、シューイさんと……出かけることになって」
いつもより念入りに手入れを施した肌が、瑞々しい艶を帯びている。頬を桃色に染めた乙女を見て、女戦士は柔らかく微笑んだ。
「あまり遅くならないようにしますから」
「別に何時になってもいいわよ。明日か明後日あたりまで、ここでゆっくりしようと思ってるから。気にせず楽しんでいらっしゃい」
その言葉に、チャイは恥ずかしそうに俯く。それを誤魔化すように、そういえば聞いてください、とグロリアに駆け寄った。
ただ逢瀬を楽しんでいただけではなく、彼らは宝珠オーブについての情報を集めることも欠かさなかった。西の大陸にできた街が、目覚ましい発展を遂げる裏でどこか不穏な雰囲気を纏っているらしい。そう教えてくれたのは、井戸端会議をしていた主婦たちだ。
おそらく、彼らのよく知る人物が長おさを務めるあの街のことだろう。ここを立派にしてみせると無邪気に意気込んでいた若者は、変わらず壮健なのだろうか。久しぶりに彼に会いに行ってみようというチャイの意見に、グロリアは首肯を返した。
「また夕飯のときに、そのあたりもアルスたちと話し合いましょうか」
伝説の不死鳥を復活させるという六つの宝珠オーブのうち、四つが彼らの手元にある。その時は少しずつ、近づいているのかもしれなかった。

待ち合わせは戌の刻、宿屋の入り口にて。まだ四半刻ほどの余裕があるものの、浮かれている乙女は既に準備万端だ。
もう一度鏡を覗く。何度も櫛を通した髪と、淡い撫子色の唇。顔の造形に一切の変化はないが、それだけで僅かに自信が持てるようになるのは、なんとも不思議なことである。
「もう出かけるの?」
扉を開ける音とともに聞こえた声。振り返ると、髪を拭きながら手団扇てうちわをするグロリアが立っていた。
「いえ、まだなんですけど……早く準備しすぎちゃいました」
「ふふ、たぶんシューイも今頃そわそわしてると思うわよ」
チャイが怪訝な顔をすると同時に、扉を隔てた向こう側で蝶番ちょうつがいが囁いた。行ってらっしゃーい、という少年の声に、声を抑えるよう注意する大男の声が続く。女性陣は顔を見合わせ、くすりと笑った。
「それじゃあ、私も行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
グロリアの言葉に微笑みを返し、チャイはゆっくりと扉を開けた。期待に膨らむ胸を抑えるように、一度だけ深呼吸をしてから歩き出す。
シューイは約束通り宿屋の入り口、白い花が咲き乱れる花壇に程近い場所で、壁に背を預けるようにして立っていた。宵闇と街灯の作り出す明暗が、精悍な面立ちに幽幽ゆうゆうたる陰を浮かび上がらせる。見慣れた姿のはずなのに、まるで知らない男性がそこにいるようで、乙女は口にしかけた青年の名を飲み込んでしまった。
「あれ、早いね! もしかして急かしちゃったかな」
チャイの気配に気がついたのか、シューイは身体ごとこちらを向いた。その顔はいつものにこやかな笑みを浮かべ、銀の秀眉は柔和に下がっている。先程までの仄暗い翳かげりを宿した男は、もうどこにもいなかった。
「シューイさんとのお出かけが楽しみで、つい早く来すぎちゃいました」
彼の気遣いを無駄にしないよう、アルスとのやり取りは聞かなかったふりをする。それに気づいているのかはわからないが、そっか、とシューイは瞼で弧を描いた。
チャイはほとんど武具を身につけておらず、護身用の武器を携えたのみである。聖水を持っていくから身軽な格好で大丈夫、とシューイから聞かされていたためだ。彼も毛皮の腰巻きと鋼の鞭を身につけてはいるものの、それ以外は軽装と言ってもいい装いだった。
「よ〜し、じゃあ行こうか」
シューイは肩掛けの鞄からキメラの翼を取り出すと、空高く放り投げる。浮遊感に身を委ねた瞬間にはもう、辺りの景色はその色を変えていた。
両手の輪郭さえ曖昧になるほどの濃密な闇。その中でぼんやりとした月明かりのみが、チャイの身体を照らしている。不安になった乙女は、青年の名を呼んだ。
「大丈夫、ここにいるよ。メラ、ちょっとだけもらえる?」
後方から聞こえる声に振り返ると、確かに青年の気配がそこにあった。言われた通り指先に小さな火の玉を生み出すと、油燈カンテラを手にしたシューイの姿が仄かに浮かび上がる。
メラによって火を宿した油燈カンテラが、ふたりの姿を柔らかく照らした。シューイは礼を言うとそれを地面に置き、何やら鞄を探り始める。
彼が取り出したのは、大きな白い布。どうやらイシスの砂漠を渡る際、身体に巻いていたもののようだ。
「ごめんね〜、敷布になりそうなもの、これしかなくてさ」
シューイはそう言うと、あちこち地面を触って確かめる。何度かそれを繰り返したあと、布を畳んで優しく草叢くさむらに置いた。
「ほらここ、寝っ転がって空を見てごらん」
布の敷かれた場所、そのすぐ隣に腰を下ろし、青年は手招きをする。
「それだとシューイさんが汚れちゃいませんか」
「いいのいいの、子どもの頃から慣れてるし。こっちのほうが、地面が冷たくて気持ちいいんだよね〜」
シューイは頭の後ろで両手を組み、ごろりと仰向けに転がる。チャイもそれに倣い、彼が敷いてくれた布に身体を沈めた。布から漂う石鹸と陽だまりの匂いが、鼻の奥を擽る。
だがそれよりも、チャイの意識は眼前に広がる星空に吸い込まれていった。空を覆い尽くす闇は、濃藍こあいから紺碧にかけて神秘的な濃淡を描いている。それはまるで、繊細に織り上げられた羽衣。輝く星々は、色とりどりの宝石を細かく砕いて隙間なく縫い付けたかのよう。東の空からこちらを見下ろす月、それを取り囲む淡い光が、チャイの瞳に七色の円環を刻み込む。
「綺麗……」
「んふふ、気に入ってくれてよかった。この空を見てると、嫌なことはぜ〜んぶ忘れられる気がするんだ。だから親父とお袋にこっ酷く叱られたときとか、友達と喧嘩したときとか、そういうときはいっつもここに来てた」
懐かしむような青年の声に、チャイはちらりとそちらを見た。少年時代を語る彼の表情は穏やかなようでいて、どこか寂寞を感じさせる。
ふいに、シューイが乙女に視線を向けた。隣に寝転がる彼の体温すら感じられるような、普段よりもずっと近い距離で交わる瞳。油燈カンテラが放つ梔子色くちなしいろの光が、優しさを湛えた蛋白石たんぱくせきを煌めかせる。チャイは慌てて星空に視線を戻した。
「……オレの昔話を、聞いてくれるかな」
脳にまで響くほどの鼓動で小刻みに景色が揺れる中、シューイの呟くような声が聞こえた。その声色には緊張が滲んでいて、チャイは気持ちを落ち着かせながら肯定を返す。
浮かれてばかりはいられなかった。己をここに呼んだのは、何か大切な話があるからなのかもしれない。そんな気がしたから。
「見ての通り、オレが生まれたのはこんな星が見えるほどド田舎の村。親父とお袋は動物の調教師をやっててさ、オレも大きくなったら後を継ぐんだ〜って、小さい頃から張り切ってた。けどね」
家の天井から雨漏りをすれば、有り合わせの木材で応急処置を施す。身につけている衣服に穴が空けば端切はぎれで継ぎ接ぎをして、襤褸ぼろになるまで着続ける。世辞でも裕福とは言えない家庭で、そんな両親の姿を見て育った彼は、大人に近づくにつれ考えを改めるようになった。
「都会に出て働こうって決めたんだ。稼いで稼いで稼ぎまくって、家を建て替えられるほどの金を貯めようってね。両親の後を継ぐのは、それからでも遅くないかなと思ってさ」
青年が出稼ぎの地として選んだのはアッサラーム。昼は日雇いで、街の警備や大工の仕事を。夜は接待酒場で給仕を。そうして稼いだ給金のほとんどを貯蓄に回し、一部は仕送りとして両親に渡していた。
「昼は肉体労働でへとへとになるし、夜は酔ったお客さんに絡まれたりとか、店にいる女の子の愚痴を聞いたりとかしなきゃいけないし。正直言って、ものすごい大変だった。でも、オレを応援してくれる両親を思って我武者羅がむしゃらに頑張ってたなぁ。若かったから多少の無茶はできたけど、今同じことをやれって言われたらできないかも」
もうおじさんになっちゃったからね、と自虐めいて言うシューイに、チャイも微笑を返す。そのまま、無言で続きを促した。
「……親父とお袋にはたまに手紙を送ったり、会いに行ったりしてた。オレからの仕送りで、少しずつ家を直してたみたいでさ。頑張ってよかった〜って、すっごい嬉しかったんだ」
都会での生活は、辛いことだけではなかった。数多の出会いや、故郷とは異なる味付けの食事、仕事の合間に興じる娯楽。そのどれもが、忙しい日々を送る青年の心の潤いとなった。そして、彼の人生を変える出会いが訪れる。
「確か、アッサラームに来て二年くらい経った頃だったかなぁ。オレの住んでた部屋に、一角兎いっかくうさぎが住み着いたんだ。最初はびっくりして追い払ってたけど全然襲ってこないし、仕事から帰ったらオレの布団で寝てる、なんてこともあってさ。そのうち追い払うこともしなくなって、ほとんど一緒に住んでたな」
旅を始めてからも各地で見かける、魔性を失った魔物たち。シューイが彼らの存在を初めて認識したのは、そのときだったという。
「それじゃあ、シューイさんがまもの使いになったのって……」
「うん、間違いなくそいつのおかげ。もともと親の影響もあって、動物と触れ合うのは好きだったんだ」
保護した魔物たちと触れ合うときの、まるで愛玩動物に対するような柔らかい表情。チャイは、シューイのそれが何よりも好きだった。当時の彼は、一角兎とどのように触れ合っていたのだろうか。眉尻を下げて笑う青年の姿を想像し、乙女の口元にふにゃりとした笑みが浮かぶ。
青年がアッサラームでの生活を始めて、十余年が経った頃。予かねてからの目的をついに成し遂げた彼は、両親へ手紙を認したためる。ここでの仕事を辞め故郷に帰ること、両親の後を継ぎたいということを。しかし、いつまでも返信は届かなかった。青年が街を出るその日になっても、まだ。
そこまで話したところで、シューイはゆっくりと身体を起こした。
「……ちょっと歩こうか。丘の先まで行くと、オレの生まれ育った村が見えるんだ」
チャイも起き上がり、手櫛で軽く髪を整える。彼は一足先に立ち上がり、油燈カンテラを手に乙女の準備が整うのを待っていた。半歩後ろにいるチャイを時々振り返りながら、シューイはその場所まで歩いていく。静寂の中、草を踏みしめる音だけが響き渡る。
彼が足を止めた場所、そこまで辿り着いたところで、チャイは愕然とした。
「ここ、って」
ぽつぽつと見える街灯が照らすのは、遠くからでも凄惨な状態が把握できるほどに荒れ果てた村。彼女は、この景色を知っている。船を手に入れて間もない頃に、偶然行き着いた場所。
初めてここを訪れたときも夜だった。屋根に大穴の空いた家、建物の至るところに刺さった無数の矢、澱よどんで瘴気しょうきを発する沼地。そんな禍々まがまがしい光景とは裏腹に、村人たちは魔王の影に怯えながらも気丈に振る舞っていた。その村の名は。
「テドン」
青年の唇が、乙女の脳裏に浮かんだ三文字を形作る。
「ここが、オレのふるさと」

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