◆キャラクター紹介◆
アルス(勇者♂)…16歳の勇者。ちょっぴりわがままだが、時に負けず嫌い。年上の仲間たちに気を遣いながらも、勇者としての責任をしっかり果たすべく奮闘中。歳が近いため、チャイと仲が良い。チャイが唯一タメぐちで接する相手。
グロリア(戦士♀)…30代半ばの戦士。サバサバしていてぬけめがない。パーティ最年長のため、なにかと頼られることも多いが、本人はそれがうれしい様子。酒がそこそこ強いので、ルイーダ時代からシューイとは飲み友達だった。
シューイ(まもの使い♂)…30代前半のまもの使い。ひょうきんなロマンチスト。パーティのムードメーカーだがスケベ野郎。よくぱふぱふ屋に行くため、チャイとグロリアに睨まれている。だが実際は気遣いの鬼ともいえる性格で、ひょうきんな部分は仮面に近い。あまり自分の出自を話したがらない。
チャイ(僧侶♀)…20代前半の僧侶。清楚でふつうの性格。特にこれといった特徴がなく、普通であることを密かに悩んでいる。その中で唯一得意なのが、回復をはじめとした呪文。自分の中で考え込んでしまう癖があり、そんなとき仲間たちはそっとしておいてくれる。
空の青を遮る鈍色。強い日差しで体力を奪われないのはいいが、真上に鎮座するお天道様は機嫌を損ねているらしい。
あと二刻もすれば雨が降り出すだろう。そう後列から声をかけたのは、顎あたりで銀髪を切り揃え、柔らかな毛皮を腰に巻いた大男。
「アルスくーん、今日は早めに野営の準備をしちゃおうか。空の様子からして、たぶん明け方あたりまで降り続けるよ」
筋骨隆々の巨躯という雄々しさに満ち溢れた見目とは裏腹に、彼は明るく軽やかな声色でそう続けた。
「別に雨くらい平気だよ。はやくカンダタって奴らのところに行かないと」
「無理が祟って風邪を拗らせてしまったら大変だわ。それで長いこと足止めを食らってしまったら本末転倒でしょう? ここは大人しくシューイに従っておきましょう」
自身の名を呼ぶ大男の声、それに対して不満そうな顔で振り返ったのは、菫色の外套を纏った黒髪の少年だ。まだ幼さを残す面立ちで薄い唇を尖らせるが、すぐ後ろを歩く女性が諭したことで考えを改めたらしい。
未だおおがらすのような唇のままであるあたり、渋々といった様子であるが。
そんな少年の背中を見守る女性は、シューイと呼ばれた大男と同じく、燃えるような紅い髪を短く切り揃えている。鍛え上げられた身体に紅の鎧をつけたその姿は、まさしく女戦士と呼ぶに相応しい。
「ま、こういうときは経験豊富な歳上の言葉を聞いておくものよ。亀の甲より年の功ってやつね」
「ちょっと〜、グロリア姐さんもオレとあんまり変わんないでしょ」
シューイは眉を八の字にして笑う。しかし、銀の秀眉を元の形に戻すと、彼は半歩後ろを歩く乙女へと視線を送った。
「チャイちゃん、もしかして体調悪い? 今日ちょっと口数少ないよね」
突然声をかけられ驚いたのか、橙色の徳利に包まれた華奢な肩がびくりと上下した。それを覆う紺碧の貫頭衣、その胸元に刻まれた紋章は、彼女が聖職に就いている証。
「いえ、大丈夫です。雨が近いからなのか、なんとなく身体が怠いだけで」
持ち主の首の動きに合わせ、亜麻色の長い癖毛が左右に揺れる。小さな頭を覆う角帽がずれ落ちてしまいそうになり、チャイは慌ててそれを押さえた。
偉大な勇者オルテガの息子アルス。志半ばで斃れた父の意志を継ぎ、彼が仲間たちとともに故郷を発ってから二か月が過ぎようとしていた。
豊穣の国ロマリアに辿り着いた一行が次に目指すのは、さらに北西に位置するシャンパーニの塔。カンダタという盗賊一味に奪われた、金の冠を取り返すためだ。
カンダタ一味がどんな奴らなのかはわからないが、やむを得ず盗みを働いた者とは訳が違う。おそらく穏便に話し合いができる相手ではないだろうと考え、一行はできる限りの装備を整えてきた。
まだ身体に馴染んでいない革の鎧を無意識に触りながら、アルスは少しだけ歩を早める。
空を見上げれば、輪郭のぼやけた太陽が真上から見つめ返してきた。分厚い雲が紗幕となり、鈍い光がアルスたちに降り注ぐ。あと半刻もしないうちに、今日の寝所を探すことになりそうだ。
ざくざくと草を踏みしめる音。不規則な八つの琵音が響き渡る中、ふいに雑音が混ざる。
喉から無理やり絞り出したような、湿り気を帯びた鳴き声。群れを成して襲ってきたのは、アルスの身の丈はありそうな蛙だった。
奴は紫色の長い舌を鞭のようにしならせ、容赦なく振り回してくる。最前列に立っていた少年は、紙一重のところでそれを躱した。
しかしその反動で、アルスは大きく後ろに倒れ込んでしまう。仲間たちが口々に彼の名を呼び、それぞれが武器を構えて臨戦体制に入った。
先陣を切ったのはグロリアだ。銅製の剣を高く振り上げ、一匹の蛙目がけて真上から叩きつけた。
鋼に比べて柔らかく切れ味が劣る代わりに、その重さを活かした打撃に長ける武器。それを軽々と扱う彼女の腕力は、疑いようもないだろう。
ぐぇ、と潰れるような悲鳴をあげた蛙は、仲間に隠れるようにして後退する。しかしその仲間ごと、チャイの生み出した真空がまとめて切り裂いた。
「そぉらっ!」
シューイの昂揚した声と快音が響く。彼が振り翳した茨の鞭が、なおも起き上がる蛙たちを薙ぎ倒していった。
まもの使いの鋭い攻撃で、群れのほとんどがぴくりとも動かなくなる。それでもなお、最後の抵抗をしようとするものが一匹。それに気づいたアルスは、力を込めて槍を構えた。
鈍く光る鉄の穂先。それが閃くと同時に、蛙の大きな口が開かれる。青と生成りの間から飛び出した舌が、湿った音とともに少年を襲った。
避けられない。完全に不意を突かれたアルスの右腕に、粘液を纏ったそれが蛇のように絡みつく。勢いを失った槍先は、禍々しい群青色を掠めるだけにとどまった。
長い舌から分泌される粘液が、衣服ごとアルスの表皮を溶かす。じゅう、という音とともに灼けた鉄を押し付けられたような痛みが迸り、少年は悶絶した。
束縛から逃れようと、アルスは身を捩り腕を振り回す。身体から力が抜け、曖昧になっていく意識の輪郭。うまく回らない頭で彼は悟った。
(毒だ……!)
そのとき、腕の締め付けから突如として解放される。平衡感覚を失った少年の足がもつれ、そのまま後ろ向きに倒れ込んだ。
薄靄に覆われた視界の端で、亜麻色がふわりと躍る。
「アルスくん!」
チャイの鈴声と、蛙の醜い断末魔が奏でる不協和音。仲間たちが駆け寄ってくる足音が振動となり、アルスの後頭部に伝わってくる。ごめん、と声にならない呟きを漏らし、彼は意識を手放した。
汚れた短剣を拭いもしないまま鞘に納め、チャイは慌ててアルスの傍らに跪いた。出血はほとんど見られないため、毒の治療を優先させるべきだと判断する。毒が全身に回ってしまえば、命が助かったとしても重大な後遺症が残る可能性があるのだ。
ポイズントード。体液内に即効性の毒を生み出し、それを用いて獲物を捕らえることを得意とする蛙だ。ロマリアで生まれ育ったチャイは、幼い頃から奴の恐ろしさを知っていた。
乙女の唇が複雑な詠唱を紡ぐ。祈るように組み合わせた両手から光が生まれるや否や、それは瞬く間にアルスの全身を包み込んだ。
「……身体、どう?」
弱った身体に響かないよう、チャイは小さな声で呼びかけた。少年は応えない。眉間に皺が寄るほど強く目を閉じ、小さく開いた唇から荒い吐息が繰り返し吐き出している。
「念のため、ホイミもかけてあげて。見えないところが傷ついてるのかもしれない」
シューイの指示に頷くと、チャイは回復呪文の詠唱を始めた。解毒呪文とは違う翡翠色の光が、横たわるアルスの身体を優しく癒していく。毒液によって溶かされ爛れていた表皮が、傷ひとつない肌色を取り戻した。
だが、少年の容態は変わらない。紅潮した頬と首筋に流れる汗が、グロリアたちの胸を締め付けていく。
「キアリーじゃ治せない毒だったのかしら」
女戦士の不安そうな呟きを聞くが早いが、シューイは荷物袋を確認する。解毒呪文を覚えたばかりのチャイに負担をかけないようにと、一行は城下町で毒消し草を買い込んでいた。小さな麻袋に包まれたそれを掴み、彼はアルスの身体をそっと抱き起こす。
「毒消し草だよ。飲めそうかな」
シューイは毒消し草を小さく千切り、アルスの口元に添えた。しかし、少年の唇がそれを受け入れる様子はない。
「……アルスくん、ちょっと気持ち悪いかもしれないけどごめんね」
役目を果たせなかった毒消し草が、シューイの口に放り込まれる。彼は何度か咀嚼し少量の水を口に含むと、少年に顔を寄せ、口移しで毒消し草を流し込んだ。
一般的に口腔内は、表皮よりもわずかに温度が高い。しかしアルスのそこは、とてもそんな理由では説明しきれないほどの熱さを伝えてきた。
彼の舌だけではなく背中、頬、シューイが触れた部分すべてがじわりと熱を持ち始めている。そういうことか、と青年は銀の眉を寄せた。
「ん、ん……ぅ」
唇を塞がれたアルスはうまく息ができないらしく、何度か呻き声を上げる。大きな手で頤を軽く持ち上げてやると、少年は鼻をすっと鳴らし、ようやく与えられたものを飲み込んだ。アルスが鼻から息を吐き出すのを確認し、唇を離したシューイは彼の頬を優しく撫でる。
「よしよし、いい子だ」
青年の後ろに立っていたグロリアやチャイも、じっとアルスの様子を見守る。だがシューイの腕におさまっている彼は、ぐったりとしたまま荒い呼吸を繰り返すばかりだ。
「そんな……」
グロリアは細い眉尻を下げ、拳を強く握りしめる。
解毒呪文や回復呪文、さらには毒消し草を用いても、アルスの身体を楽にはできなかった。その事実に、彼女の心臓が嫌な音を立てる。
「大丈夫、たぶん毒はもうほとんど抜けてる。だけど身体に回った毒が悪さをして、熱を出しちゃったみたい。しばらく安静にしてたほうがいいね」
軽く口元を拭うと、シューイは自身の襟巻きを外し少年の首元にかける。彼は軽々とアルスを横抱きにすると、不安げな僧侶へと視線を送った。
「チャイちゃん、このへん地元なんだよね? 近くに休めそうなところってあるかな」
「少し戻って北に進むと、カザーブの村があります。でも……私も行くのは初めてですし、途中で魔物に襲われないとも限りません。キメラのつばさを使って、ロマリアに戻ったほうがいいんじゃないでしょうか」
チャイの言葉に、グロリアは急いで荷物袋を探る。がさごそと忙しなく動き回る手が、柔らかな羽根に触れた。
「そうしましょう。少しでも早く休ませてあげないと。アルス、少しだけ我慢してちょうだいね」
女戦士の手により、空高く舞うキメラのつばさ。着地の際にアルスが怪我をしてしまわないよう、シューイは彼の身体をしっかりと抱き直す。旅の中で馴染みつつある浮遊感が、一行の身体を包み込んだ。
「それじゃあ姐さん、あとはよろしく頼むね」
「私たちは談話室にいますから」
グロリアは氷水に浸した布を絞りながら、大小ふたつの背中を見送った。空気を含ませるように布を畳みなおし、寝台に横たわる少年の額に乗せる。彼の首筋を伝う汗を、乾いた布でそっと拭き取ってやった。
「アルス、もう大丈夫よ。大丈夫だからね」
きっと彼には聞こえていない。そうわかっていても、口にせずにはいられなかった。床に臥す彼ではなく、他でもない自分自身を安心させるためなのかもしれないと、グロリアは苦笑する。
キメラのつばさでロマリアの城下町に戻ってきた一行は、まっすぐに宿屋へ向かった。事情を聞いた宿屋の主人が用意してくれたのは、二階の最奥にあるひとり部屋。
アルスの装備品を外し、汗で濡れた服を替えたのはシューイだ。食堂で氷水を分けてもらった女性陣が戻ってくると、今後しばらくの行動について話し合いが始まった。
交代でアルスの看病をしようと提案したシューイだったが、グロリアの表情が曇っていることに気づく。何か心配事があるのかと問うと、可能な限り彼を看てあげたい、彼女は紅い瞳を伏せてそう告げた。
それでは身体が保たないだろうと言いかけたシューイは、気の強い女戦士が初めて見せた表情に口を噤む。チャイに視線をやり意見を求めると、ふたつの燐灰石が困ったように揺らぎ、やがて逸らされた。彼女も青年と同じ気持ちだということらしい。
こうして、アルスの看病はグロリアが担当することになった。もちろん、シューイもチャイも定期的に様子を見るという前提ではあるが。
本来であれば、シューイの提案通りに交代で看るべきだろう。それはグロリア自身も理解していた。
(わかってるわよ。わかってるけど……この子にもしものことがあったら私は)
二ヶ月という期間を共に過ごした三人は、グロリアにとってかけがえのない存在だ。しかし、勇者としての使命を背負う少年に対しては、別の感情を抱き始めているのも事実だった。
(お願いアルス、どうか目を覚まして)
強く寄せられた眉根と、浅く繰り返される呼吸。全身で苦痛を訴える彼に、これ以上何をしてあげられるのだろうか。
込み上げて溢れそうな歯痒さに、グロリアは唇を噛み締めた。
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