◆キャラクター紹介◆
アルス(勇者♂)…16歳の勇者。ちょっぴりわがままだが、時に負けず嫌い。年上の仲間たちに気を遣いながらも、勇者としての責任をしっかり果たすべく奮闘中。歳が近いため、チャイと仲が良い。チャイが唯一タメぐちで接する相手。
グロリア(戦士♀)…30代半ばの戦士。サバサバしていてぬけめがない。パーティ最年長のため、なにかと頼られることも多いが、本人はそれがうれしい様子。酒がそこそこ強いので、ルイーダ時代からシューイとは飲み友達だった。
シューイ(まもの使い♂)…30代前半のまもの使い。ひょうきんなロマンチスト。パーティのムードメーカーだがスケベ野郎。よくぱふぱふ屋に行くため、チャイとグロリアに睨まれている。だが実際は気遣いの鬼ともいえる性格で、ひょうきんな部分は仮面に近い。あまり自分の出自を話したがらない。チャイとの年齢差を密かに気にしている。
チャイ(賢者♀)…20代前半の賢者(元僧侶)。清楚でふつうの性格。特にこれといった特徴がなく、普通であることを密かに悩んでいる。その中で唯一得意なのが、回復をはじめとした呪文。自分の中で考え込んでしまう癖があり、そんなとき仲間たちはそっとしておいてくれる。シューイとの年齢差を密かに気にしている。
雲ひとつ見当たらない、心地の良い昼下がり。少々遅めの昼食を軽く済ませ、宿屋の一室で書物を読んでいたチャイは、木の扉を叩く小気味良い音で顔を上げた。
音の主はわかっている。彼女と同室になるはずだった女戦士は帰郷のため外出しており、勇者であるはずの少年は、ここロマリアの王として政務に勤しんでいるのだから。
王と言っても、一時的なものであるが。
何はともあれ、今日は貴重な休日。彼の来訪を無碍にする理由はなく、チャイは満面の笑みで扉を開けた。
海賊たちの住処にて、レッドオーブを手に入れたアルスたち一行。
次の目的地に向かう前に、保護した魔物たちの様子を見に行きたい、と切り出したのはシューイだ。
魔物たちは現在、ロマリアの地下にある格闘場でモンスターじいさんとともに暮らしている。転移呪文で目的地へと飛んだアルスたちは、久方ぶりに魔物たちとの触れ合いを楽しんだ。
彼らは特に、シューイに懐いているらしい。肩や膝に乗られたり、身体を擦り付けられたりと、青年は大忙しだ。魔物たちを撫でながら銀の眉尻を下げる彼に、アルスたちが微笑ましい視線を向けていたとき。
「おや? アルスではないか、久しいのう」
背後から聞こえた、覚えのある声。振り返ると、そこには恰幅の良い中年の男性が立っていた。
酒瓶があちこちに散乱している格闘場には不釣り合いな、染みひとつない上質な布地。猩々緋の前開き外套に施された、複雑な紋様を描く金色の刺繍。
まさしく、豊穣の国を治める王その人であった。
つい跪こうとしたアルスだったが、はっとして膝を伸ばす。今のロマリア王がこちらに求めている態度は、敬意を示すことではないはずだ。現に仲間たちも背筋を正してはいるものの、頭を垂れている者は誰ひとりとしていなかった。
昼にもなっていない時間帯からこんな場所にいるあたり、誰にも見つからないよう朝一番に城を抜け出してきたのだろう。平民を装っているつもりのようだが、その服装や言動からは隠しきれない風格が滲み出ていた。
「ご無沙汰しております。えっと……その、ご隠居」
堂々と呼ぶわけにもいかず、アルスは頭じゅうの引き出しを開けて回る。彼がなんとか取り出した言葉を聞いた王は、周囲の目も憚らず呵々大笑した。
「そう気を遣わずとも良い。どうせ、皆に知られておるだろうからな。しかし『ご隠居』か。ふむ、なかなか良い響きではないか」
白銀の顎髭をさすりながら、王は満足げに言う。まさか本当にこのまま隠居する気じゃないよな、と不安を覚えたアルスが振り返ると、皆その顔に苦笑を浮かべていた。
モンスターじいさんも同様である。魔物たちを預かる身であり、一日のほとんどをこの場所で過ごす彼のことだ。王が城を抜け出し娯楽に興じるのを、これまで幾度も目にしているのだろう。
「して、アルス。今日一日だけで構わん、わしの代わりに王を務めてはくれぬか」
心のどこかで、こうなる予感を抱いていたような気がする。アルスが再び仲間たちに視線を向けると、やはり彼らもそうであるらしかった。
「アルスくん、前よりも王様の服が似合うようになったよねぇ」
荷物袋の整理を終えたシューイが、どこかしみじみと言った。
「ふふ、そうですね。なんかこう、貫禄があるというか」
硬貨の詰まった財布の紐を結びながら、チャイが笑う。
「前のときはまだロマリアに来てすぐだったもんね。服に着られてるって感じで、あれはあれで可愛かったけど」
思えば遠くまで来たもんだ、というシューイの言葉に、聖女は頷いた。
今から一刻ほど前のこと。アルスは暫し逡巡した後、今日一日だけなら、とロマリア王の頼みを承諾した。
ここ最近は野宿続きだったため、ゆっくり身体を休める良い機会にもなる。そのためなら多少歩みを止めることも必要だと、アルスたちはこれまでの経験を鑑みて判断したのである。
『それじゃあ、私はレーベに行ってくるわ。久しぶりに家族に会いたいし』
グロリアはそう言って、ロマリアの街へと消えて行った。歩みの方向からして、土産を吟味してから故郷に帰るつもりなのだろう。
残されたシューイとチャイは、とりあえず手頃な値段の宿をとり、それぞれの部屋で過ごしていた。青年から声をかけたことがきっかけで、こうして揃って街に繰り出したふたり。彼らは不要になった武具を売り、その金で消耗品を買い揃えたところである。
「そういえば、チャイちゃんは実家に帰らないの?」
せっかく地元に帰ってきたのだからと、シューイは両親や、教会の友人らに会うことを提案する。
しかしチャイは、首を小さく横に振った。
「夜に顔を出そうと思っているので、それまではのんびり過ごそうかなと。この時間だと両親は家にいないですし、教会のみんなにも、さっき軽く挨拶してきましたから」
清き純白の衣を纏ったチャイに対し、友人たちは口々に賞賛と激励の言葉をかけてくれたのだという。嬉しそうに話す彼女を見て、シューイはそっか、と目を細めた。
「まだ時間が大丈夫そうなら、どこかでお茶していかない?」
「……え」
思いがけない誘いに、チャイの思考が止まる。
「重い荷物持って歩かせちゃったし、オレもちょっと休憩したいからさ」
彼らしい呑気な声色から、真意を読み取ることはできない。純粋にこちらの体調を心配してくれているだけなのか、それとも別の感情が隠されているのか。
シューイがこちらを見る視線に、某かの熱が籠もっている。チャイがそう感じるようになったのは、彼女が賢者の職を得た頃からだ。
勘違いであるとは、思いたくなかった。乙女もまた銀髪の青年に対し、今にも溢れそうな想いを抱いているのだから。
旅が終わるまで、この気持ちを伝えるわけにはいかない。それが勇者としての使命を背負うアルスのためなのだと、チャイはそう思っている。シューイの首が縦横どちらに振られようと、彼との関係が変わってしまうことは避けられないからだ。それでも。
「……はい、ぜひ」
一瞬でも長く、彼のことを間近で見ていたい。銀に縁取られた蜂蜜色も、耳を擽る中低音も、彼の全てを独り占めしていたい。そんな自分の身勝手さを嫌いになり切れないのは、この想いが一方的でないのだと、どこか確信めいたものを抱いてしまっているからなのだろうか。
シューイとチャイが足を踏み入れたのは、城下町の東側にある喫茶店だった。宿屋が立ち並ぶ区域に程近いためか、客層は性別問わず、他国からの旅行者や冒険者が多いように見える。
「チャイちゃんはここ、来たことある?」
「いえ、私がロマリアを出た後にできたお店みたいなので」
チャイはそう言って品書を開くが、突如としてそこに現れた楽園に目を奪われた。
果物や乳脂で飾りつけられた、彩りの良い甘味。見開きを埋め尽くすほどの種類が用意されているらしく、自他ともに認める甘党の聖女を魅了する。
(そういえばこのお店、ケーキが美味しいって有名なんだっけ)
店の評判、特に飲食に関するものはあっという間に世間を駆け巡るものだ。巷の噂は伊達ではなさそうだと、チャイの瞳が輝く。常ならば迷わず注文しているのだろうが、今の彼女にはそれを躊躇わせるものがあった。
財布の中身が、些か心許ないのである。
アルスたちは武具や道具などの必需品を買うときのために、仲間内で共有できる財布を所持している。だがそれとは別で、個人でもそれぞれ管理しているものがあった。
共有の財布にある程度の金が貯まったら、その一部を四人で分配する。要するに、小遣いである。
間食や酒のつまみ、化粧品や文房具、街に立ち寄った際の喫茶代などは、小遣いから捻出する決まりになっている。チャイは先程、買い出しのついでに新しい口紅を求めていた。ロマリア地方で有名な銘柄のもので、ずっと欲しかったのだから、と奮発したのだ。
紅茶とともに甘味を注文したとしても、飲食代そのものは問題なく支払える。しかし、たった一日で財布を軽くしてしまうのは褒められることではないだろう。
今日は紅茶だけにしておこう、そう心に決めて品書の頁を捲ろうとしたそのとき。
「わ〜、美味しそう! ケーキも頼んじゃおうかな」
耳に飛び込んできた言葉に、チャイは手を止めた。彼女は、ふたりの間に横向きで置かれていた品書をシューイの方に向ける。
青年は礼を口にすると、あれが気になる、これも気になると、まるで幼い少年のように語りかけてきた。
(珍しいな、シューイさんが甘いもの頼むって)
シューイとはこれまで一年弱もの月日を共に過ごしてきたが、甘いものを特段好むといった印象はなかった。とはいえ、彼はなんでも美味しそうに食べるため、苦手というわけでもないのだろうが。
「チャイちゃんはどれが気になる? どうしてもひとつに決め切れなくてさ」
何気ないシューイの問いかけに、チャイは一瞬言葉を詰まらせた。この流れはもう腹を括るしかない、これを食べたらしばらく無駄遣いは封印だと、金欠聖女は自分に言い聞かせる。
真珠の指が示したのは、薄い筒のような形をした巻き菓子。ふんわりと巻かれた柔らかな生地の中、艶を湛えた苺を新雪のような乳脂が包んでいる。
「あ、オレもそれと迷ってたの。こっちと両方頼むから、ひと口だけちょうだい!」
シューイはそう言って笑顔を見せると、近くにいた給仕を呼ぶ。彼が選んだのは、装飾が金粉のみという簡素な見た目のもの。品書きによれば、珈琲と牛酪、巴旦杏の風味が複雑に絡み合う、奥深い一品なのだという。
まもの使いの言葉に思うところがあった乙女だが、飲み物はどれにする、という彼の言葉にまずは従った。仕事を終え去っていく給仕を横目で見送り、チャイは恐る恐る口を開く。
「あの、ひと口とは言わず全部どうぞ。シューイさんが頼んだものなんですし」
「さすがにふたつも食べられないよぉ。おじさんの胃は繊細なのだ」
大きな手で胃のあたりを摩り、ふにゃりと眉尻を下げるシューイ。彼ならば、甘味ふたつ程度は容易に平らげてしまうはずだ。大男の健啖ぶりを知っているチャイは、彼の戯けた言動の裏に隠されたものを察する。
(私が、ケーキをじっと見てたから……?)
シューイも、チャイの食嗜好は理解していると思われる。こういった状況では、甘党の心に火がつくことも。それを知っているからこそ、品書を熱心に見つめるチャイに気を利かせてくれたのかもしれない。
「すみません、気を遣わせてしまって」
「んふふ、ぜーんぜん気にしなくていーの。オレのワガママなんだから」
シューイのことだ、おそらくはチャイに財布を出させてくれないだろう。さすがにそこまでしてもらうわけにはいかない、代金はちゃんと自分で支払おうと、チャイは心の中で拳を握る。
乙女の密かな決意により、ふたりの間に謎の緊張感が走った。しかし、それは銀色の盆を手にした給仕が現れたことであっさりと霧散していく。
巻き菓子の皿を手にした給仕は、シューイとチャイの顔を交互に見やる。彼は、小柄な聖女の手が小さく挙げられているのを認めると、皿を彼女の前に置いた。続いて、鳶色をした甘味をシューイの前に。
「それじゃあ、ひと口もらっちゃうね!」
食事前の挨拶をすると、シューイは突き匙を手に取った。大きな手に握られたそれは、まるで子供が使うもののように見えてしまうから不思議である。突き匙の先が、チャイの前にある桃色の生地と乳脂のみを、ほんの僅かに攫っていった。
「ん、おいし〜。ほらっ、チャイちゃんもこっち食べな?」
そう言って、自らの皿を差し出すシューイ。傷ひとつない艶やかな鳶色に、杏色の照明が柔らかな光を纏わせている。
「……いただきます」
チャイも突き匙を手にした左手を伸ばし、欠片を掬い取った。幾つもの層になった断面から伝わる感触が、彼女を楽しませる。
そっと口に含むと、豊かな珈琲の香りが鼻の奥を抜けていった。次々に舌の上を転がり変化していく味と香りに、乙女の唇から恍惚の吐息が漏れる。
なんだかシューイさんみたい、そう思ったチャイは、青年にちらりと目線を向けた。蛋白石《たんぱくせき》のように揺れる瞳が、どこか妖しげに揺蕩うそれがこちらを見つめていて、乙女は思わず視線を逸らしてしまう。
やはり、彼に似ている。軽薄なお調子者のように振る舞うこともあれば、仲間たちを慈しみ、常に思いやりながら接してくれる。よく通る声で快活に笑ったかと思えば、時折その精悍な顔に翳りを見せる。親しみやすいようでいて掴みどころのない、そんな青年に。
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