【TC3】祝福の夕陽

「もう、前線に出るのは辞める。そろそろ潮時だと思うんだ」

夕日の見える、お気に入りのカフェテリア。
アリシアは、アイスの乗ったスプーンが口に入る寸前で、その動きを止めた。

とある、夏の1日。
年に数回の長い休暇をとり、ウェズリーはルカノを訪れている。

ともに戦う中で惹かれ合い、別れの夜に想いを通わせたふたり。
交際を始めてからもう、5年もの月日が流れていた。

手紙やメールでやり取りをし、年に数回休暇をとってどちらかが会いに行く。
そんな日々にも、すっかり慣れたころだった。

「VSSEを辞めるってこと?」

「いや、そういうわけじゃない。今も新人のエージェントが、次々と入ってきているからな。戦場に赴くのは彼らに任せて、俺は新人教育に回ろうと思ってる」

言いながらウェズリーは、すでに食べ終えていたアイスの皿に放置されていたスプーンを、おもむろに弄り始める。
彼にしては珍しく、落ち着きのない行動だ。

ウェズリーにこれといって目立った癖がないことを知っているアリシアは、おや、と引っかかるものを覚えた。

「……年齢のことを気にしてるの?でも、あなたと同じくらいの歳で、たったひとりで任務に行った人もいるって聞いたけど」

「それは……若い奴らに比べればたしかに衰えてきたかもしれないけど、引退を考える程じゃない」

「じゃあどうして」

彼女の質問に答えず、ウェズリーはそれまで弄んでいたスプーンを解放する。
そして、上着のポケットに手を突っ込んだ。

ふたりの間に、しばしの沈黙が流れる。

「……俺なりに色々と考えて、出した結論だ。戦場に出る回数が増えれば、それだけ命を落とす可能性も高くなる。俺はそれを承知でVSSEに入って、今までたくさんの任務についてきた。だけど」

彼の話を聞いているアリシアの口に、少し溶けかけたアイスが流し込まれる。
昔から変わらない味のそれは、アリシアが子供の頃からずっと選び続けてきたものだ。

「この先、どんな任務があるか分からない。いつ命を落とすかも分からない。……そう考えるたびに、アリシアの顔が浮かぶ。俺はまだ、君と一緒に行きたい場所もやりたいことも、たくさんある。だから、戦いの場を退くことを選んだんだ」

ウェズリーはポケットから手を出すと、手元に視線を落とす。
ふいに彼の手が、青いテーブルに伸びた。
音もなく置かれたそれが、アリシアの海色の瞳に煌めきを映す。

「俺と一緒に、ルカノで暮らそう」

白金の台座と、そこに誂えられた1カラットのダイヤモンド。
夕日を受けて輝くふたつの永遠は、ウェズリーの決意そのものであった。

「結婚しよう、アリシア」

アリシアは、震える唇で言葉を紡ぐ。

「でも、私だって軍にいて……」

「それでもいい。君の生きがいなら」

「ルカノに来たら、仕事だって……」

「VSSEの本部は欧州だから問題ない。表向きの仕事も、上に掛け合ってどうにかしてもらうさ」

「あなたの家族たちは」

「みんな、アリシアのことが好きなんだ。一緒に暮らせると知ったら喜ぶだろう」

ウェズリーは、アリシアを真っ直ぐに見つめる。
ふわりと笑って、言った。

「アリシアと生きていきたいんだ。俺たちが出会った、この場所で」

彼の指がそっと頬に触れて初めて、アリシアは自身の瞳から涙が溢れていることに気づく。
思えば、彼の前で涙を流したのは初めてだった。

アリシアは、小箱から優しく指輪を抜き取ると、左の薬指に嵌める。
ぴたりと嵌ったそれは、アリシアの華奢な指によく映えていた。

誓の証を愛おしそうに撫で、彼女は言う。

「私も、あなた以外と生きていくなんて考えられない。ふたりで……ふたりと4匹と、1羽と……これから生まれてくるかもしれない新しい家族たちと、一緒に幸せになろう?」

一生の宝物は、お気に入りのアイスの味とともに、アリシアの手に飛び込んできた。

遠くない未来、ウェズリーと……彼との間に生まれるであろう愛しい子も一緒に、このアイスを何度も食べに来よう。
アリシアの子供の頃からのお気に入りは、きっと自分の子供のお気に入りになり……そして、いつかは孫のお気に入りにもなるのだろう。

その様子を一緒に見守る人は、穏やかな余生をともに送る人は、他の誰でもなくウェズリーがいい。

「ねぇ、ウェズリー……私も戦いの場に出るのはやめるわ」

「いいのか?」

「ええ。私も同じ気持ちだもの」

これ以上ないほどの幸せに胸躍らせるふたりを、世界でいちばん美しいと言われるルカノの夕日が優しく包み込む。

その暖かい光はまるで、命を賭して自らを守ってくれた英雄たちを祝福しているかのように見えた。







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