真っ白に渦巻く入道雲の下、太陽の光を吸い込んだ、神社の境内。
そこに設えられた石造りの階段に腰掛ける、ふたりの人影があった。
『雪子が、好きだから』
悠は確かに、そう言った。
『わ、私も、同じ気持ち……だよ』
雪子も確かに、それに応えた。
それは、つまり。
__私たち、「恋人同士」……なんだよね?
たった数分前に“そういう関係”になったばかりの、悠と雪子。
しかし、並んで座っているふたりの間には、人がひとり座れそうなほどの空間があった。
「…………」
「…………」
__ああ、どうしよう……。
こういう場合、どんな話をすればいいのかしら?
いっそ、鳴上くんから話しかけてくれたら楽なのになぁ……。
そう思って、雪子はちらりと悠を見る。
だが、悠は怪訝そうな顔で雪子を見つめるのみだ。
もともと、あまり多弁でなく、大きく表情を動かしたりもしない悠。
今も、その端正な顔に静かな表情をたたえる彼に、雪子は少し戸惑う。
__もしかして、こんなにも……心臓が止まりそうなほどドキドキしているのは、私だけなのかしら。
さっき告白をしてくれたときも、鳴上くんはいつもみたいに無表情だった気がするし……。
「雪子」
「はいっ!?」
悶々と考え込んでいたところに、出し抜けに名前を呼ばれ、雪子は思わず上ずった声をあげた。
しかし悠は、雪子のそんな声を気に留めた様子はなく、自らの手を、階段に置かれていたひとまわり小さな手に重ねる。
「……こうしてても、いいか」
雪子の新雪のような肌が紅に染まるよりも早く、悠はいつもと変わらない声音でそう言った。
「う、うん」
重ねられた手から、彼の体温が伝わってくる。
__あったかい……。
身体、そして心の距離が、たまらなく惜しくて。
雪子はそっと腰を浮かせ、悠と触れ合うほどに身体を寄せた。
そのまま悠を見つめると、悠もまた、銀色の澄んだ瞳で雪子を見つめ返してくる。
互いの姿を、目に焼き付けるように。
言葉もなく、見つめ合う。
ふいに悠が、重なったままであった手を離した。
唐突に訪れた喪失感に、雪子の顔は不安で支配される。
たが彼の手は短く宙を舞い、雪子の後頭部を捉え……自分の胸元へと、引き寄せた。
自分の身に何が起きたのか、それを理解した瞬間、雪子の体温は急上昇する。
遠慮がちに伸ばされたもう片方の手が、雪子の手を包み込み……ぎこちなく絡む指と指。
雪子の心臓は、飛び出してしまいそうなほど激しく脈打つ。
__ああ、神様。
どうか、私の鼓動が彼に伝わりませんように!
沸騰した頭の中で、雪子は祈った。
だが、彼女がふと感じたのは、自分の身体で鳴り響くものとは明らかに違う、もうひとつの早鐘。
__鳴上くんの、おと……?
自分の音と同じように、ドクドクと早い悠の鼓動。
雪子は思わず顔をあげ、悠の表情を確認しようとする。
だが、彼女の頭に置かれた手が、それを許さなかった。
悠は、さらに強く雪子を抱き込み、彼女の耳元でそっと呟く。
「……見るな」
「え」
「たぶん俺、今すごい変な顔してる」
いつもより、掠れがちで少し低い声。
こんな彼は、初めてだった。
__……少しだけ天然だけど、クールで、すごく格好良くて。
照れたりなんかしないって、そう思ってた。
しばらくして、ゆっくりと、ふたりの身体が離れていく。
雪子の頭に置かれたままの手は、少しだけ震えていた。
__こんなにも、ドキドキしていたのは……。
変な顔をしている、と自分で言っていた割に、悠の表情は普段と変わらない……ように見えたが、ほんの少しだけ、頬が朱く染まっている。
そんな様子を見て、雪子は柔らかく微笑んだ。
__私だけじゃ、なかったんだね。
悠は、自分の手を、雪子の後頭部から離す。
それを、さらさらとした漆黒の髪に滑らせ、それから彼女の頬に添えた。
さっきと同じように、少しだけ震えながら。
悠は、問いかけるように雪子を見つめる。
雪子は何も言わず、目を閉じた。
それは、ふたりの距離が零になる合図__
初めての感触、そこから伝わる彼の温もり。
長いようで短く、短いようで長く感じたその時間が終わり、ふたりの唇は、ゆっくりと離れていく。
閉じていた目をそっと開けると、お互いの視線が絡み合った。
悠と雪子は、照れたように笑い合った。
いつの間にか、辺りの景色はオレンジ色に染まっていた。
「家まで送るよ」
悠は、そう申し出る。
「ありがとう」
雪子もまた、頬を染めながらそれを受け入れる。
今までも、テレビの中を捜索したり、放課後を一緒に過ごしたとき、彼に送ってもらったことが何度かあった。
けれど、ふたりの関係が変わっただけで、とても新鮮なことのように感じられた。
恋人同士のふたりは、そっと手をつないで、歩き出す。
2015年5月に執筆した作品です。
スマホのメモに残っていて、どこにも公開しないままになっていたので再録しました。
いま見返して見るとかなり文が拙いのですが、この当時にしか書けないものがあったんだろうなぁと思います。
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