【HOD3】星空の下、家族になる

「生きてろよ、ローガン」

EFI研究所の深層部。
リサの父であるトーマス・ローガンの相棒であるGが、走りながらぼそりと言う。

父の無事を願っているのは、リサとて同じだ。
いつもは父に対して素直になれないリサだが、再会できたならばそのときは、全身で彼の温もりを感じたい。
そう、思っていた。

鈍く輝く扉を蹴飛ばさんばかりに開くと、そこには見慣れたブラウンのジャケット、それにがっしりとした長身の体躯。

部屋の中央で椅子に座って俯いていたのは、リサとGが探していたトーマスその人だった。

「パパ!」

言葉では言い表しようのない愛しさが、胸いっぱいにこみ上げる。
リサは手にしていた武器を放り投げるように床に置き、父と抱擁を交わすべくその両腕を広げた。

「信じてたわ」

そして、愛する父の首に腕を回し、力を込める。

「……え」

求めていたはずの温もりは、そこにはなかった。
ひやりと冷たい感触が、リサの身体に伝わる。

「パパ……?」

「リサ、離れろ!」

Gがリサの腕を掴み、引き剥がす。
するとトーマスは、色を失った唇から生臭い息を吐き出し、ゆらりと立ち上がった。

「うそ……」

それは、もはや「トーマス・ローガン」ではなかった。
リサたちに幾度となく襲いかかってきたあの化け物と、同じだった。

__パパ……どうして!?

変わり果てた父の姿に、何もできず立ち尽くすリサ。
その横でGは武器をまっすぐに構え、トーマスの頭部に狙いを定める。

「G!あなた、何を考えて……」

「わかるだろう。あれはもうローガンじゃない」

「でも……!」

「耳を塞いで、目を閉じていろ」

Gの人差し指が、冷たい引き金にかかる。
その様子を、リサはただ見つめることしかできなかった。

「いやあああああっ!」

リサの慟哭と耳をつんざくような銃声が、同時に響き渡った。



「__っ!?」

リサの瞳に飛び込んできたのは、遠くから差し込む人工的な光。

ふと左半身に感じる温もりと、ごわごわとした布の感触。
リサが身体を起こすと、そこには車の扉と窓にもたれて眠るダニエルの姿があった。

EFI研究所からの帰り道、ここは停車したGの車の中。
ダニエルに身を預けて眠っていたのだと気づいたのは、それからすぐのことだ。

彼は着ていたグレーの上着を脱いでおり、それがリサの身体にかけられていた。
曝されていたはずの腕に感じる布の感触はこれかと、リサは自分の身体を見て理解する。

__夢、ね。

自身の左胸に手を当てると、悪夢の残滓が早鐘となって伝わる。

あたりを見回すと、リサの右隣にはトーマスの寝顔があった。
身体も心も深い傷を負った彼は、その反動なのか泥のように眠っており、起きる気配はない。
夢で見たあの生気を感じさせない顔ではなく、薄汚れてはいるがその頬も唇も赤みを帯びている。

リサが抱きついたとき、先ほどの悪夢とは違い彼はしっかりとリサを抱きしめ返してくれた。
あのとき感じた腕の温もりと力強さは本物だったのだと、リサは安堵した。

皆で車に乗り込んだ際、助手席を倒すことで怪我を負ったトーマスが休めるように…と提案したのはGだ。
運転はGが担当するため、リサとダニエルは後部座席に座ることになったのだ。

運転席にGの姿はない。
現在車が停まっているのは、高速道路の休憩施設の駐車場だ。
長距離の運転を任されているGは、中で休憩を取っているのだろう。

「……どうした?」

掠れた声に振り返ると、そこには眠そうな顔のダニエル。
リサが身じろぎをしたことで目を覚ましたらしい彼は、寝起きということもあってか眼鏡をかけていなかった。

「……なんでもないわ。いつの間にか寝ちゃってたから、自分がどこにいるのか一瞬分からなくなっただけ」

「まだ眠いなら、もたれられるように場所を替わろうか?それとも、お父さんの隣がいい?」

「このままでいい」

いまだおさまらない鼓動に気づかれないよう、リサは素っ気なく答えた。
それに気づいているのかいないのか、ダニエルはそうか、と小さく答え、それ以上は何も言わなかった。

「これ、あなたがかけてくれたの?」

リサは自身の身体にかけられていた上着を脱ぎ、ダニエルに返そうとする。
しかし彼は、軽く手をあげてそれを制した。

「いや、大丈夫だ。君は薄着だし、身体が冷えてしまってもいけない」

「……ん、ありがとう」

実際、この季節は夜になるとかなり冷え込む。
ダニエルの話によると、リサは寝ながら自分の身体を掻き抱き、寒そうにしてたのだという。
そんなリサを見かねた彼が、上着をかけてくれたらしい。

リサは遠慮がちに、大きな上着に袖を通す。
上着が肩からずれ落ちてしまったら、きっとまたダニエルはかけ直してくれるのだろう。
彼も先ほど寝ていたようだし、できるだけ手間をかけさせることは避けたかった。

「こんなところまで戻ってきたのね。ずいぶん長い間、寝ちゃってたみたい」

「もうすぐ着くのか」

「いいえ、あと2時間くらいかしら。まだ結構かかるわよ」

父の分身ともいえる「運命の輪」を打ち倒し、19年間留まり続けた研究所を離れることになったダニエル。
彼は「恩返しがしたい」と申し出たトーマスとリサによって、生活が整うまではトーマスたちの家でともに暮らすこととなった。

ダニエル自身も、父の研究がきっかけで大怪我を負ってしまったトーマスに対して申し訳なく感じていた。
そのため、これから心身ともに治療が必要となるローガンの世話を、自ら引き受けたのだ。

「……ねぇ、不安?」

リサは、ダニエルの方をちらりと見て問いかける。

「何が?」

「こっちでの生活。一緒に住んでいるうちはいいかもしれないけど、そのうちひとりで暮らすことになるんだし……あなたのお父さんのことで、非難されることも増えるだろうし」

「その覚悟はできている。父がしたことは許されることではないし、父があの研究に没頭するようになったのは私の病が原因なんだ。いろいろと言われることもあるだろうな」

ダニエルはリサがこちらを見ているのに気づいたのか、それまで外していた眼鏡をかけ直した。

「だが、リサも先ほど言っていただろう?「未来は私たちが考える」と。私がこれからどう生きるかは、私自身で決めるんだ」

__「運命の輪」……彼のお父さんと向き合ったときにも感じたけど……。

強い人だ、とリサは思った。
父と同じ「キュリアン」の姓を持つ彼を、世間はそう簡単に受け入れてはくれないだろう。
仕事を始めるにしても、周囲の人間と交際するにしても、そのことが彼に大きな影響を及ぼすことは明らかだった。

しかしダニエルは研究所に残ることではなく、こうして外の世界で生きることを選んだ。

「父のおかげで私は生きている。だから、その想いを無駄にしないよう生きていくつもりだ」

これまでずっと厳しい顔を見せていたダニエルは、そこで初めて穏やかな顔になる。
そしてリサと、その後ろで眠るローガンを交互に見て言った。

「君のお父さんはずっと、君やお母さんの心配をしていた。愛されているんだな」

「……改めてそう言われると、なんか照れるわね」

「君がお父さんに抱きついたとき、実は少し羨ましいと思ったんだ。私は……父に抱きしめてもらえることはあっても、抱きしめ返すことはできなかったから」

ダニエルの言葉に、リサはぐっと言葉に詰まる。
そうだ、彼はすでに父を亡くしている。いわゆる「天涯孤独の身」なのだ。

「君は家族に、言葉や行動で愛情を伝えることができる。私にはもう、それができないから……リサには、私と同じような気持ちを味わってほしくないんだ」

「……ありがとう。ふふっ、あなたもうちのパパと同じで、ちょっと口うるさい兄になりそうね」

リサはくすりと笑うと、ダニエルに微笑みかける。
彼はその言葉の真意が理解できなかったらしく、きょとん、とした顔になった。

「え?」

「私たちともしばらく一緒に暮らすんだもの。その間、私たちは家族みたいなものでしょう?それにあなたもいつか結婚して子供が生まれるかもしれないし、そうならなくても動物と暮らしたっていい。……だから今はひとりでも、家族はそのうちできるわよ。そうなったときに、その家族を思いっきり抱きしめてあげればいいわ」

ダニエルは面食らったらしく、しばらく何も言えなくなってしまう。
だが、彼もリサと同じようにくすりと笑った。

「参ったな。こんなにしっかりした妹がいると、年上であるはずの私の立場がなくなってしまう」

彼が見せた初めての笑顔は、見開かれたリサの青い瞳に映る。
しばらく見つめあったふたりは、やがて同時にくくくっ、と笑った。

すると、運転席の扉が音を立てて開く。
熱いコーヒーを片手に戻ってきたGは、目を覚ましたリサとダニエルを見て言った。

「ふたりとも起きたか。到着まではまだ時間がかかるから、寝ていても構わないぞ」

「大丈夫よ。それより、あなたこそ平気?運転代わりましょうか」

「いや、仕事柄こういうのは慣れてるのでな。心配は無用だ」

Gは軽く目を細めると、車にキーを差し込みエンジンを起動させる。

彼は昔から、AMSでの仕事の件でよくトーマスのもとを訪れていた。
そのためリサが子供の頃から面識はあるのだが、初めてリサの前に現れた彼は、こんなふうに柔らかな眼差しを見せる男性ではなかったように思う。

常に無表情で、感情をあらわにすることもない。
その眼光は鋭く、当時物心がついたばかりだったリサは、少しだけ彼のことが苦手だった。

だが一度、あれはリサが7歳のころか。
Gはトーマスの勧めで、リサをその腕に抱いたことがあった。

私事でこのようなことをするのは初めてだったのだろう。
おっかなびっくり、という様子で戸惑いを見せた彼に、リサもトーマスもくすくすと笑ったものである。

それ以降、リサはGと会うたびに元気よく挨拶をしたり、悪戯に抱きついたりするようになった。

そうするうちにGも、少しずつリサの頭を撫でてくれたり、話に付き合ってくれたりすることが増えた。
いつしかリサにとってGは、まるで家族のように頼れる存在になっていったのだ。

「ママに頼まれて」と父の救出について相談した際、「危ないから待っていろ」とは言わずに協力を申し出てくれたG。
ショットガンの使い方も教えてくれたし、戦うときの立ち回りや敵の狙い方も厳しく指導してくれた。
そのおかげでリサは、あのゾンビだらけの場所を生き延びることができ、こうして父も救い出すことができた。

__本当にGには、感謝してもしきれないわね。

ゆっくりと動き出す車の振動を感じながら、リサはハンドルを握るGに微笑みかける。
そして、窓際で外を眺めていたダニエルに視線を移すと、彼女もダニエルに倣って窓の外を見た。

「何を見てるの?」

「いや、星が綺麗だと思って。ほとんど外には出なかったから、初めて見たんだ」

「このあたりは街灯が多いからあまり見えないけど、私たちの家からはもっと綺麗に見えるわよ。それとね、近くのキャンプ場にも星が綺麗に見えるところがあって……パパの身体が良くなったら、ママも一緒にキャンプに行きましょうよ」

「そうか、それは楽しみだな」

ダニエルの弾んだ声を初めて聞いたのだろう、Gはこちらを振り返らずに声をかけてくる。

「お前たち、何かあったのか。やけに仲が良いじゃないか」

リサもダニエルもそれには答えず、ただふふっ、と笑うのみだった。

2週間前の父の失踪、Gとの追走、そしてダニエルとの出会い。
この短期間で、本当にいろんなことがあった。

__これからは、パパに対しても素直になれるかしら?意地っ張りな自分から、変われる……?

「……この星空を見ていると何も変わらない気がするし、何かが変わる気もするわね」

リサは車窓から星空を眺め、ぼそりと呟いた。
ともに外を見ていたダニエルは小さく頷くのみだったが、Gは冗談めかした口調で言う。

「……やはり、リサはローガンに似てきたな。今の言葉、ローガンに聞かせてやりたい」

「え……?ちょっとG!それってどういう意味よ!?」

「そのままの意味だ」

「……もう!」

子供のように頬を膨らますリサをバックミラー越しに眺め、Gはわずかに口角を上げた。







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