【FF零式】幸せな午後

その日の講義も全て終わった、とある昼下がり。
ケイトは退屈していた。

(暇だな〜……)

教室の机にだらりと項垂れ、0組のメンバーがちらほらと教室を出て行くのを、横目で眺める。

セブンは、他の組の生徒に勉強を教える約束をしているらしく、クリスタリウムに向かっていった。
シンクとジャックは、トレイとクイーンに付き添われて、再提出になった報告書を仕上げるらしい。
ナインとエイト、そしてキングは、闘技場で鍛錬を積むそうだ。

誰かと一緒に暇をつぶすのは、諦めたほうがよさそうである。

「よっ、と」

じっとしていても仕方ない。ケイトは素早く机の上を片付けると、教室を出て行った。


「あ」

エントランスに出たところで、エースに会った。
ちょうど小腹も空いていたし、一緒にリフレで食事でも、と誘う。
だが、彼はこれからチョコボ牧場で、産まれたばかりのヒナチョコボを見せてもらうらしい。ヒショウと待ち合わせしているのだと言う。

「つれないの〜……」

リフレはまた今度な、とはにかんで、待ちきれないといった様子で魔法陣に向かう。そんな彼を見て、ケイトは不満げに頬を膨らませる。

が、魔法陣に入る前に、エースがふいに振り返った。

「あ、そうだ」

「なによ?」

「検診、次はケイトだって。マザーが呼んでた」





マザーが自分を呼んでいる。
それだけで、ケイトの機嫌は急上昇だ。
久しぶりに、マザーに会える。なにを話そう。

魔法陣で魔法局へと移動すると、駆け足でマザーの部屋へと向かう。

「マザー、いる?」

コンコン、と軽くノックをし、扉の中へ呼びかける。

「いるわよ。お入りなさい」

聞き慣れた心地よい声が、ケイトの耳をくすぐる。
この扉の向こうに、マザーがいるのだ。
はやく、はやく。

少しだけ乱暴にドアノブを回し、中へと入る。
懐かしい煙管の香りとともに、目の前に待ち焦がれた人物が現れた。

「マザー!」

「待ってたわ。さあ、いらっしゃい」





いつものように、検診が始まる。
その間、マザーといろんな話をした。
先日の作戦で、ファントマを回収した数が誰よりも多かったこと。
新しい魔法を使えるようになったこと。

そして、昨夜久しぶりに0組のメンバー全員で集まって食事をしたことを話すと、マザーはクスッと笑った。

「あら、私は呼んでくれなかったのかしら」

「呼びたかったけどさ、マザー、仕事が忙しいかなって思って」

「あなたたちと過ごす時間くらい、いくらでも作れるわよ。……はい、終わり。どこも問題なさそうね」

「ありがと。じゃあ、今度はマザーも呼ぶね。久しぶりにマザーの料理、食べたいもん」

その言葉と同時に、ケイトの腹の虫が大きな悲鳴をあげた。
あ、と思わず赤面するケイトに、マザーは微笑む。

「まあ、元気の良いこと。何か作ってあげましょうね」

「ほんと!?」

今日はとことん幸運な日だ。久しぶりにマザーに会えただけでなく、手料理まで食べられるなんて。

ケイトは、来客用に設えられた椅子に腰かけた。
部屋の奥へと消えていくマザーを、ふたつの砂金石が追いかける。
小さな机に頬杖をつき、自然と持ち上がる口角を抑えた。





しばらく待っていると、ふわりと甘い匂いが漂ってくる。
ああ、この匂い。マザーがなにを作ってくれたのか、見なくてもわかる。大好きな匂い。

マザーが運んできたのは、シロップがたっぷりとかけられた、ふわふわのホットケーキだった。

「あなた、これが好きだったでしょう。さ、お上がりなさい」

マザーがそれを机に置くと、ケイトは元気よく、食事前のあいさつをする。
そして、焼きたてのホットケーキにナイフを入れた。
力を入れなくても切れてしまうそれは、断面から真っ白な湯気を昇らせる。吸い込みきれなかったシロップが、金色の雫となって滴り落ちた。

大きな欠片を頬張り、嚙みしめる。
柔らかなホットケーキと、じゅわりと染み出すシロップ。それらが口の中で絡みあえば、もう、たまらなかった。

あっという間に、2枚あったホットケーキの、1枚目が胃の中に消えた。
2枚目にフォークを突き立てたとき、ケイトの口もとに布が当てられ、ぐいっと拭われる。
顔を上げると、ケイトと向かい合わせに座ったマザーが、ハンカチを手に微笑んでいた。

「あ、ありがと」

「まったく、しようのない子ね」

言葉とは裏腹に、マザーの顔は穏やかだ。

「マザーは、食べないの?」

マザーも仕事で疲れているかもしれないのに、自分だけ、こんなにがっついて。
少し申し訳なく思ったケイトは、食べる手を止めた。

「あなたが美味しそうに食べてくれるのを見ているだけで、私は満足なのよ。気にせずお上がりなさい」

この聖母のような声を、表情を、彼女の子供たち以外に誰が知っていようか。
彼女が「ドクター・アレシア」ではなく、「マザー」となる瞬間。それを知るのは、世界中探してもたった12人だけなのだ。

2枚目のホットケーキに改めてナイフを入れ、口に運ぶ。
皿に広がったシロップも、ケーキの欠片で拭いながら、隅々まで。
幸せそうに食べるケイトを、マザーは満足げに眺めていた。





マザーのおかげでふくれたお腹をさすり、魔法局から出てエントランスに行くと、あくびをしながらジャックが歩いていた。

「あれ、ケイトだ〜」

彼女に気づくと、ジャックは空色の瞳をきゅっと細める。

「あんた、報告書を書いてたんじゃなかったの?」

「うん、そうなんだけど〜、トレイとクイーンのおかげでもう終わっちゃったよ〜。これからどうしようかなぁ、って思ってたんだ」

仕上げた報告書をひらひらと見せながら、ジャックは言った。

「そうだ、ねぇケイト。一緒にリフレ行かない?  僕、小腹が空いちゃってさ〜。おやつでも食べたいな〜」

いつもなら即答で彼についていくのだが、あいにく今の彼女のお腹は、幸せで満たされている。
また今度ね、と断ると、彼はキラキラした目でじっと見つめてきた。

「あれ。ケイト、なんかいい匂いがするねぇ。甘くて美味しそうな匂い〜」

ジャックは、顔をぐっとケイトに近づけると、ふんふんと匂いを嗅ぐ。
どうやら、なにか勘ぐられてしまったようだ。

「気のせいよ、気のせい」

え〜本当かなぁ、とジャックは笑う。

「まあいいや〜。デュースかレムでも誘っちゃお〜」

彼はそれ以上の詮索をせず、報告書の作成に使ったらしい資料を返却すべく、クリスタリウムへと向かっていった。

(ひとりじめしたっていいよね、たまには)

この歳になってまで子供っぽいかなぁ。
そう、ケイトはひとりごちた。


大好きなマザーと、大好きな手作りホットケーキ。
幸せに囲まれて過ごした、とある穏やかな午後のこと。







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