【FF零式】この答案を戦友に捧ぐ

クラサメから答案を受け取ったマキナの顔が、きゅっと歪む。
抜き打ち試験の成績が、いつもと比べて悪かったのだ。

魔導院に在籍する生徒たちは、年に数回、定期試験を受ける決まりがある。
しかし、0組だけは例外で、定期試験もなければ落第のペナルティもない。
ドクター・アレシアからそう告げられたとき、マキナとレムはひどく驚いたものである。

だが、クラサメはそれを良しとしなかった。定期試験のように明確な日付が決まっているわけではないが、ときどき自作の答案用紙を持ってきては、0組の生徒たちに受けさせていた。

講義を真面目に聞いていれば、誰にでも解けるような基礎的な問題。
しかし、今回の範囲は、マキナの苦手とする分野だった。
いつもなら講義の復習は必ず行うのだが、今回は不運にも、大きな任務が重なり時間が取れなかった。よりによって、いちばん復習の必要な範囲なのに、である。
身体に鞭を打ってでも机に向かうべきだったか、とため息をつく。

「浮かない顔だな。まさか追試か?」

「そんなわけないだろ。でも、この点数はちょっとまずいよな……」

からかうエースに、マキナは苦笑いを返す。

「……ま、そういうこともあるさ。今回は平均点が低かったって、隊長も言ってたし」

「……そうだな」

とりあえず今は、この呪われた点数を見るのはやめよう。
答案用紙を折りたたんで鞄にしまい、マキナは教室を後にした。



その翌日。
呪われた点数と真っ向勝負をするため、クリスタリウムで借りた資料を手に、マキナは教室へと向かった。
自室で勉強をしても良いのだが、あいにく昨夜、読みかけの本を机に置きっぱなしにしてしまった。このまま自室へ戻っては、本の続きが気になって集中できないだろう。

「……あれ」

扉を開けたところで、見覚えのある三つ編みが机にうなだれていた。

「シンクじゃないか」

「あ〜! マキナん、ちょうどいいところに〜」

こちらを見て目を輝かせたシンク。雪のように白い肌は、いつもより顔色が悪く見えた。目の周りには、うっすらとクマが浮かんでいる。

「寝てないのか?」

「ちゃんと寝たよ〜。でも、勉強しながら寝ちゃったから、ベッドで寝てなくてさ〜。身体じゅう痛いよ〜」

そう言いながら、シンクは首や腰をさする。
なるほど、確かにシンクは今日、講義中に何度か船を漕いでいた。無理な姿勢で寝たせいで、じゅうぶんに睡眠がとれなかったのだろう。

「その様子だと、また追試みたいだな」

「そのとおり〜。さっすがマキナん、あったまいい〜。マキナんこそ、どうしたの〜。まさかマキナんも追試〜⁉︎」

シンクは、ガバッと身体を起こす。
天河石の瞳は、キラキラと瞬きを繰り返した。

「……なんでそんなに嬉しそうなんだよ。追試じゃないけど、いつもより悪かったから勉強しにきたんだ」

「え〜、違うんだ〜。つまんないの〜」

一瞬で頬を膨らませるシンクに、マキナは苦笑するしかない。

自分の席に着こうとするマキナ、その制服の裾を、すれ違いざまにシンクはつかんだ。
後ろに軽く引っ張られ、マキナの身体がぐらついた。

「わっ」

「ね〜、勉強教えて〜」

やはりか。彼女の『ちょうどいいところに』発言から、なんとなく予想はできていた。

「今回の範囲、オレも苦手なところなんだけどな」

「お願い〜! このあとトレイが教えてくれるって言うんだけど、トレイはいちいち話が長いんだもん」

シンクの話によると、トレイに教えてもらうと、ひとつの項目を教えるにしても話がことごとく脱線してしまうのだという。
そのため、ひとつの単元を終えるのに時間がかかるのだ。

「うーん……」

教えるのは別に構わないのだが、そもそも自分があまり理解できていない範囲だけに、少し不安がある。

「オレにもわからないところがあるかもしれないから、そこは時間かかると思うけど……それでもいいのか?」

「うん、いいよお〜」

シンクは、にっこりと愛らしい笑顔を見せた。



「ここ。そうやって解くんじゃなくて、BOM系魔法の公式を当てはめるんだよ」

「どんな公式だっけ〜?」

「いつも任務とかで魔法使ってるだろ? ……ほら、このページ。これを覚えれば、次の問題も解けるよ」

「公式覚えてなくても、魔法は使えるでしょ〜?」

「あのなぁ……」

シンクの破天荒な思考には悩まされるが、勉強自体は次々と進んでいく。

「ここは……ごめん、オレもわからなかったところだ」

「あれ、もしかして〜、この地形、さっき覚えた朱雀の歴史と関係あるのかも〜」

「え? ……あ、本当だ」

彼女はもともと、頭の回転が速いらしい。マキナが躓いていた問題も、思いがけない閃きで答えを導き出してしまう。

互いに教え、教えられ。
ときどき、シンクが持ち込んだおやつをつまみながら。
とうとう、ふたりは筆を置いた。

「おお〜、すご〜い。シンクちゃん、ぜんぶ解いちゃったよ〜」

「うん、これで追試は大丈夫そうだな。シンクのおかげで、オレもいろいろ勉強になったよ」

そのとき、教室の扉が、重そうな音を立てて開いた。

「おや……マキナじゃないですか。なんだか珍しい組み合わせですね」

「あ、ねえ聞いてよトレイ〜。マキナん、教えるのがすごくうまいんだよ〜。もう、勉強終わっちゃったよ〜」

分厚い参考書を何冊も手にしたトレイ。いつも余裕の表情を浮かべている端正な顔は、シンクの一言であっさりと崩れた。

「な、なんですって⁉︎ せっかく、私が教えて差し上げようと……」

「だって〜、トレイ来るの遅いんだもん」

「それはですね、あなたのために参考書を選んでいたからで……」

マキナは、トレイが抱えた参考書を見やる。易しい基礎問題が掲載されたものばかりのようだが、その分厚さは、お世辞にも優しいとは言えなさそうだ。

「シンクちゃん、今日はもう勉強したくな〜い。リフレ行こうよ〜、お腹すいちゃった〜」

「えぇ……せっかく借りてきたこれはどうすれば……」

「じゃ、じゃあさ、今度オレに勉強教えてくれよ。まだ理解できないところが残ってるんだ」

「そういうことでしたら、お任せください!次の試験では、私とマキナで首位を争いましょう!」

「マキナん、トレイの話に飽きたらいつでも逃げていいからね〜」



一週間後。
追試を受けた生徒たちの答案が、返却される日となった。

「シンク。取りに来い」

「は〜い」

ぱたぱた、と小走りでクラサメに駆け寄るシンク。
クラサメは、彼女をじっと見つめた。

「……よく勉強したな。次回は追試にならないよう、この調子で頑張るように」

シンクは差し出された答案を受け取ると、わ〜お、と感嘆の声を漏らした。

小走りで席に戻る途中、最前列に座っていたマキナに目線を移す。そして、ニヤリと口角を吊り上げた。
マキナもそれに応えるように、目を細める。
そして、ふたりして、ニシシと笑った。

「何してるんだ? マキナ」

「あ、いや」

怪訝な顔をするエースに、マキナは慌てて、平静を装った。



次の抜き打ち試験で、マキナがトレイに次いで優秀な成績を収めたのは、また別のお話。







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