「さなえちゃん」
あなたは、愛おしそうに私の名前を呼んで。
それから、少しだけつり上がった猫のような目で私を見つめる。
あなたの大きな両手は、私の頬を包み込んでいく__…。
彼とのデートの帰り道、そっと唇を重ねるその行為は、今まで幾度となく繰り返してきたことで。
けれど今日のキスは、いつもと少しだけ違っていた。
唇越しに彼の愛情を感じながら、ほんの出来心で、私はこっそり目を開ける。
私の瞳に映ったのは、まるで子供のようにあどけない、彼の顔。
__可愛い。私よりも、年上なのに。
柔らかく閉じられた彼の瞼、その先にあるのは…長い睫毛。
多分、女である私よりも、ずっとずっと長い。
それが、ちょっぴり悔しかったから。
名残惜しそうに唇を離す彼に、悪戯をしてみようと思った。
「レオくん」
「……ん?」
「目、閉じて」
彼は言われた通り、素直に目を閉じる。
あの長い睫毛が、再び彼の瞼の先で踊る。
__お化粧したら、私よりも綺麗になりそう。
そんなことを思いながら、私は彼に顔を近づけた。
きっと彼は、驚いていることだろう。
私から唇を重ねようとするなんて、初めてだもの。
ふたりの距離がゼロになる瞬間、私は彼の額を、自分の中指で弾いた。
額に受けた痛みに、彼は思わず目を見開いて白黒させる。
「へ? さ、さなえちゃ」
「なーんて、ねっ」
そう言って、くるりとそっぽを向く。
「……もう」
拗ねたような声を出すあなたも、なんだか可愛くて。
気づかれないように、クスリと笑った。
少しだけ振り返ると、彼も意地になったのか、私に背中を向けている。
……それで、『怒ったぞ』って言ってるつもりなのかしら。
拗ねたふりしていることなんて、バレバレなのにね。
私はもう一度小さく笑うと、彼の大きな背中に、思いっきり抱きついた。
肩越しに見えた彼の表情は、やっぱり怒ってなんかいなくて、口元に笑みを浮かべている。
__この人には本当、敵わないなあ。
甘い甘い恋の罠に嵌ってしまったのは、どうやら私の方みたい。
そう、自覚しながら。
「レオくん」
私は、あなたがいつもしてくれるように、愛おしそうに名前を呼んだ。
Pixivからの移転作品。初出は2014年1月4日でした。
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